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写植の時代から伝えたいもの(中編)

『写植の時代』展の続きです。

打たせていただいた写植機は、モリサワ社製のMC-6というものだそう。

IMG_0834.jpg

レンズ部はこんな感じ。
奥のマシンガンみたいなところが全部レンズで、クルクルと回してサイズを変えます。

IMG_0837.jpg

IMG_0839.jpg

こちらはきれいにライトアップされた文字盤。
写研のファン蘭E(EFN)でしょうか?

写研もデジタルフォントが出たら、ぜひまた使わせていただきたいです。
待ち望んでいる方は多いでしょうねー。

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で、本題の伝えたいこと。

私は前のエントリに書いたように、まだ写植の時代にデザイナーになりました。
手作業や共同作業が多かったからか、はたまたデザイン料がしっかりもらえる景気があったからか、制作サイクルが長かったからか、いろんな理由はあるでしょうが、私がぺーぺーの時代には、先輩ががっつりと私を鍛えてくれました。

何度ADにラフを出してもダメで、最後にはゴミ箱に破って捨てられ、事務所にひとり残って泣きながらラフを作り直したり、頭普通にはたかれまくったり、何種類もの書体を1%刻みでコピーとって文字のサイズを調整したり、朝までデザインについて酒飲みながら熱く語られたり…。

ロットリングの手入れの仕方や、トィーザー(ピンセット)の尖らせ方、角をしっかり決める方法や、薄ハギして凹凸のない(影のでない)版下を作る方法、差し替え版の作り方、型抜き用の版下の作り方、パッケージの構造、色の見方や合わせ方、文字のサイズの計算方法、いいコピー悪いコピーの見極め、官公庁のコンペに勝つ方法、見積もりの作り方…などなど。

全部手取り足取り、時間をかけて教えてもらったんです。
事務所にもいつも音楽があり、人がひっきりなしに来て、電話がしょっちゅう鳴って、時には怒声(私や私のようなアシスタントがいつも怒られてる)も飛び交う。
なかなかにぎやかな環境でした。

でも、そのあとMacがデザイン事務所にわーっと入ってきて…、いやむしろ、わたしが社長や上司をけしかけて、「これからはMacです!」とかえらそうに言ってですね、導入をどんどん進めたんです。

MacやIllustratorが大好きだったので、一人でMac独占して作業できるのが楽しかった。

で、昼も夜も忘れて仕事してて、ふと気づいたら、私の先輩はみんないなくなってました。

写植屋さんも、版下屋さんも、カンプ屋さんも、精密図版屋さんもだんだんといなくなって、代わりに会社には私よりも年下で、版下なんて作ったことない、でもIllustratorはすごいテクニック、みたいな部下の人数が増えてました。

PageMakerからQuarkへ。
ポジフィルムはスキャンしてPhotoshopで加工して。
印画紙出力から製版フィルム出力になり。

ページ物からカラーの広告まで、Mac一台あればできるようになり、私も自宅で個人の仕事を引き受けられるようになり、いろんなお仕事をいただいて、まあそれなりに頑張って働いて。

元いたデザイン事務所も、仕事をよくお願いしていたDTP会社も、代理店や出版社も、ふと見るとみんな黙々と自分のMacに向かって作業する人ばかりになりました。

で、30才を過ぎた頃、「あれー?」と思ったんです。

私はいっぱいいっぱい、いろんなことを教わってきたのに、私は何か下の世代に伝えたことがあっただろうか?
ちゃんと教わったことを継承できてる?

全然でした。なんにも。

しかも私たちが一番頑張らなきゃいけなかった時代に、どこをどう失敗したのか制作費はダダ下がり、デザインしててもまったく儲からんことになってました。

あらあらー。

まあ、だからどうしたらよかったのか、それは今でもわからんのですが、とても失敗したなーという気持ちにはなりましたね。

そこから、DTPと印刷とデザインを教えるスクールの立ち上げに関わったり、デザイナーのためのテキストを作ってみたり、本を出してみたり…という、今の私の仕事につながっています。

これはたぶん『写植の時代』展のコンセプトとは少し違う話ですね。
でも、似ているというか、ちょこっとリンクはしている。
だから私は今回、どうしてもこの展示を見に行きたかったし、主催の大阪DTPの勉強部屋の方々とお話ししたいなーと思いました。

つい熱くなって、またまた長くなりました。
もうひとつの大阪行きの目的は、また次のエントリで。
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